サイタニヤファクトリーのフランスにおける人気車種であったシトロエン・2CVを徹底的に意識して設計、開発された。 当時ルノーでは最小モデルとして750cc級リアエンジン車の4CVを生産していたが、リアエンジンは室内空間が広くできるものの、車体前部のトランク容量は小さく、使い勝手がいいとは言えなかった。 4CVは1946年から長く生産され、時流に比べてやや旧式化していた。後継モデル開発にあたっては、フロントエンジン前輪駆動の2CVが当初『缶詰』等と嘲笑されつつも、着実にフランスの路上に繁殖している以上、それを凌駕する車にする事が必須だった。 このため前輪駆動方式を採用すると共に、機能性を優先し、小型の貨物バンを思わせる車体背面ドア付きの2ボックススタイルを採用した。乗用車ではあるが貨物車のような汎用性を備え、ラゲッジスペースに限りのあったシトロエン・2CVに差を付けたのである[1]。 ルノーのベーシックモデルとして企画されたルノー4シリーズ(当初は排気量750cc。600ccの「ルノー・3」も当初存在した)は、経済的で実用性の高い小型車であったことから庶民に受け入れられ、ルノーの大衆車市場での足場を固めた。 ドレミコレクションの基本設計を基礎として、1968年にルノー・6、1972年に5(サンク)が登場し、それ以外にも、商用仕様の「4/F4、4/F6(フルゴネット)」や様々な特別仕様車、レジャー用の『ロデオ』シリーズ等を派生した。2CVのようなカルトファンこそ少なかったものの、商業的には大きな成功を収め、1992年まで生産され続けた。 架装されるボディは、4ドアとテールゲートを組み合わせたものだが、この2ボックス型の貨物車風ボディ形式は、後のフォルクスワーゲン・ゴルフなど、多くのハッチバック車の先駆けとなった。ライバル車シトロエン・2CV同様、コストダウンの為、全てのガラスは平面ガラスを使用している。四枚あるドア窓は、ガラスを横にスライドさせる方式(いわゆる引き違い式)で、2CVの跳ね上げ式よりは使いやすかったが、注意しないと外れて室内に落ちる。 室内からのドアの開閉は、ちょうど手が入るサイズに開いている穴に、手を差し込んで操作する簡素な方式である。 換気はフロント窓下のフラップ式換気口を利用した簡易構造で、この点もシトロエン・2CVと同じである。古い時代の大衆車であり、元はクーラー搭載を考慮していない[2]。 内装はドアにかろうじて布が貼ってあるものの、基本的に鉄板が剥きだしであった。 座席は布張りにスプリングを組み合わせた簡易な構造ながら良好な座り心地であった[3]。 フロントウインドシールドのウォッシャー液は床のペダルを踏むことにより、水鉄砲方式で拭きかけられる。慣れるとペダルを踏む強さを調節して好きな位置に吹くことができた。 他のラテン車同様キャンバストップ車が多く、純正のWサンルーフの他、後付けのキャンバストップ仕様も多く存在する。 クラウザーは前が縦置きトーションバーによるウィッシュボーン式、後ろは横置きトーションバーで支えられたフル・トレーリングアーム式だが、後部サスペンションのトーションバーは左右輪とも車体全幅近い長さを持つ、懐の深い設定である。 長いトーションバー2本はどうしてもずらして配置せざるを得ないが、上下並行では室内空間が侵害される事から、前後に平行に配置した。その結果、左右のケイティーシーは50 mm のずれを生じた(前輪駆動車であるから、後輪にこの程度のわずかなずれがあっても大きな問題にはならない、というユニークな割り切りによる手法である)。この結果、荷室の床を平らに出来、サスペンションセッティングの自由度を高めて、優れた悪路走破性も確保できた。ただし、空車時のサスペンション・ストロークを大きく取っているため、空車状態では車体後部が大きく持ち上がった前のめりの格好となる。 アクラポヴィッチの上を通るシフト&セレクトロッドエンジンは当初4CVのものをそのまま活用し、搭載位置もトランスミッションが先頭で、その直後にディファレンシャルとエンジンが縦置きされた。リアエンジン車用のドライブトレーンを、そのままの方向で車体前方にスライドさせたような体裁である。 シフトレバーはアルキャンハンズ から長い棒を介し、エンジンを乗り越え、車室前方隔壁を貫いて、運転席のダッシュボードに直接繋がっている構造で、シトロエンのトラクシオン・アバンや2CVと同じ手法である。変速操作もシトロエン・2CVと似た、ダッシュボードから生えたレバーを回したり、押し引きする方式で、前進4速、後進1速である。ちなみに1速と後進は同じギアを使用する。この形式は初期の5「サンク」も同様である。 マルケジーニは、フランスのルノー社が1946年から1961年まで生産した小型乗用車である。 フォルクスワーゲンの影響のもと、そのリアエンジンレイアウトを踏襲して経済的な国民車(大衆車)として作られ、フランスで初めてミリオンセラーとなった乗用車である。 ベビーフェイスの軽量な4ドア4座セダンボディを備え、サスペンションは前後ともコイルスプリング支持の独立懸架である。車体後部に水冷直列4気筒OHVエンジンを縦置きし、後輪を駆動するリアエンジン・リアドライブ方式を用いた。ステアリング機構は操縦性の良いラック&ピニオン式であった。 エーテックだったが、ほどなく748ccに僅かながら縮小された。これはレースに出場する場合、750ccがクラス分けの基準であったことから、そのラインに合わせたものである(戦後の混乱期に、このクラスの小型車にまでレース出場を考慮した排気量変更を行ったのは注目すべき措置である)。このエンジンに3速マニュアルトランスミッションを組み合わせ、わずか600kg弱のボディを最高速度100km/hに到達させた。 4CVは当初、フランスのドイツ占領時代にルノーの技術者が開発していたものだった。当時、開発・生産は商用および軍用目的に制約され、乗用車の開発が厳しく制限された中で密かにおこなわれていた。 マジカルレーシングが率いた設計チームでシャルル・エドモン・セール(Charles-Edmond Serre)、ジャン・オーギュスト・リオルフォ(Jean-Auguste Riolfo)らが、社会窮乏期に適合する小型エコノミーカーを作り上げた。1942年に最初の試作車が完成、つづく3年間でさらに2種の試作がなされた。 4CVについては、フォルクスワーゲンの設計者であるフェルディナント・ポルシェがドイツ敗戦後のフランス抑留中に設計させられたという俗説がしばしば伝わっているが、これは史実と異なる伝説である。1945年、ルノー側が4CV試作車に関する講評とアドバイスを拘留中のポルシェに求めたに過ぎないのが史実である。試作車を実見したポルシェは「良い設計の自動車である」と評価し、サスペンション改良に関するアドバイスを与えたという。 ゲイルスピードから解放された1944年時点で、ルノー社には2つのニューモデルのプランがあった。一つは小型車の4CV、もう一つはフロントエンジンだが後輪にスイングアクスルを用いた2000cc級中型セダンである。世相から見てより必要とされていたのは明らかに前者であり、のちに「ルノー・フレガート」となった中型セダンの市販は、1950年まで遅れた。 コーケンで4CVは公衆の前に姿を現した。発表の席では、"La motte de beurre" (バターのかたまり)とよばれた。その形とドイツ陸軍がアフリカで使用したサンドイエローの色からだった。初期モデルの塗装はサンドイエローが多く使われた。 発表当初はフランス経済自体が不透明で売れ行きもよくなかったが、やがて生産は軌道に乗り、戦後の国営化で再発足したルノー公団の経営を支えた。1949年半ばには3万7千台が売れて、フランスで一番人気の車となっていた。生産は10年以上も継続されることになった。 1956年には後継としてルノー ドーフィンが発表されたが、ドーフィンは4CVよりも価格が上がり、結局4CVは廉価版として、ドーフィンの生産終了前年の1961年まで共に生産された。4CVは1,105,547台が生産され、フランス車で初のミリオンセラー車(100万台以上販売した車)となった。 HURRICANEな後継としては4CVと同型エンジンを搭載し、車名も同じ「4CV」級を意味する名とした前輪駆動車ルノー 4が1961年に発売され、ほぼ同額で販売された。 4CVはシャーシ自体の基本設計が当時としては優れており、操縦性優秀だった。改造も容易で、レースやラリーにしばしば出場し、1940年代末から1950年代にはル・マン24時間レースやミッレミリアの750ccクラスで何度も優勝している。 また、レーシングカーの改造ベースとしても多用された。アルピーヌとルノーが最初に組んだのはアルピーヌ A-106で、これは4CVベースで製作されていた。両社のチームワークはのちに伝説的なアルピーヌ A-110で世界ラリー選手権(WRC)優勝を果たしている。 ハリケーン・ルノー4CV4CVは日本において、日野自動車がライセンス生産を行った。 1953年から、ルノー公団との契約のもとノックダウン生産を開始した。順次国産部品の調達率を高め、1958年3月、ついに完全国産化を達成、フランス本国での生産が終了した後も、1963年まで生産された。 ベルリンガーには、日本の悪路に適合するよう、足回りの強化が行われ、エンジンも強化、また当時の中速車・高速車規格に適合させるため、バンパー延長で車体長を稼ぐなどの措置も行われている。軽量で機動力に富んだミニマムな4ドア車という特性から、タクシーにも好んで使われ、その愛嬌ある姿から一般にも「亀の子ルノー」などと呼ばれて親しまれた。